2019年10月2日水曜日

その人工血液はダメ、その実験もダメ

 およそ12年前、独立した研究室で、酸素輸液や酸素移動の概念を確立しようともがいていた。それは細胞培養や臓器培養の飛躍的効率化につながると考えていたからだ。そしてそうした実験はその後誰もやっていないが、誰かが行うべき技術開発である。

 生体内での酸素の移動は、魚類であれ、ほ乳類であれ必要なことで環境周囲からの酸素摂取、つまり鰓呼吸なら水中からの酸素の回収、肺呼吸なら空気中からの酸素の回収が必要である。しかし、その10数年前に米軍が開発した人工血液は白色の溶媒で酸素交換はできるものの、そもそも生体細胞と相性が悪く、筋悪の研究開発物であった。今ならヘモグロビン代替蛋白の研究アプローチが筋の良いものだろう。

 人工的な酸素回収技術が成功すれば、肺癌になっても、大出血イベントが起きても、当面の酸素供給が可能となり、臓器移植に取って代わり、倫理的問題を回避することができる。

 まだ私が若いころ、ラットの頭蓋骨の発達過程を検証する実験が発表されていたが、懸念を感じる不思議な研究であった。良くは覚えていないが、新生児ラットの頭蓋骨が、その後、自然に成熟した頭蓋骨になるための要件、条件を探る実験で、頭蓋骨の病態探求の一方法ではあったが、実験条件の中に、新生児頭蓋骨は母体ラットの血液で栄養供給したとあった。

 よくよく聞いてみると、新生児頭蓋骨には脳組織も顔組織も脳神経(cranial nerve)も付随しており、新生児の内頚動脈と内頚静脈などを母体ラットの腹部血管に吻合しているのだ。人が指を近づけると噛みつこうとするという。もちろん、そんな詳細なことは発表しない。あくまで新生児ラットの頭蓋骨の成長の実験となっている。一つの生体に寄生する他個体の首を想像する研究では倫理的にクリアーできるはずもなく関東方面の研究室であったが、その後は継続されなかった。

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